コロナ禍の社会を中学校のHRに喩えてみた

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近頃どこもコロナのニュースであふれ、コロナのニュースに触れない日はない。

 

そして「自粛」という「プレッシャー」に置かれながら生活している。

 

 

このようなある意味インテンスな状況に置かれ、人々は多様な行動を見せている。

 

SNSで文句や批判を繰り返す人、医療機関などに物資を寄付する人、越境してパチンコに行く人、沖縄に観光しに行く人、オンライン飲み会を楽しむ人、10万円給付を求め役所に急行する人、などなど。

 

 

こうして人々の様子に注目していると、僕は中学校のHR(ホームルーム)を想起する。

 

 

『HRの時間、先生または生徒が前で指揮をとりながらクラスで話し合いをしている。

 

前の方に座る生徒や発言力のある生徒が意見を出し、筆記役の生徒が黒板にそれらを書いていく。

 

一方で、後ろに座る生徒や、話し合いに興味を持たない生徒は雑談をしたり、外を眺めたり、机に落書きをしている人もいる。

 

なかなか話し合いが進まない中、他のクラスはもう終わったのだろうか、椅子を一斉に動かす音が廊下中をこだまし、楽しそうな声がクラスに入り込む。

 

刻々と迫る時間。進まない議論。

 

一部の生徒が貧乏ゆすりを始め、後ろの方で「もう何でもええやん、はよしろよ」という無責任な声が聞こえる。

 

 まだもう少しHRは長引きそうだ。』

 

 

中学生の頃を少し思い出せただろうか。

 

この社会全体はまるで中学校の時のようだ。

 

 

『僕たちは今、「日本」というクラスにいて、隣には他の国のクラスが並んでいる。

 

そして、「コロナ」という議題で、クラスとしてどのようなことをすべきか、また何をしていくかを話し合っている。

 

安倍首相が前に立ってクラスを取り仕切り、前に座る行政職員や一部の市民が意見や提案を次々と出している。

 

筆記役のエッセンシャルワーカーは忙しそうに黒板に向かい、黙々と業務を続ける。

 

後ろの方では相変わらず一部の人間がHRの進め方や提案に文句をブツブツと言っていたり、この状況をただ傍観している人や、金儲けをしている人もいる。

 

「中国」クラスや「NZ」クラスなど一部のクラスは終わったのだろうか、楽しそうな声が聞こえる。

 

 まだもう少しHRは長引きそうだ。』

 

 

コロナのニュースを見聞きしていると、イライラしてしまったり、腹が立ってしまうこともある。

 

しかし、こうして社会を中学校のHRに喩えてみると、少しばかり冷静に、そして客観的に現在の様子を俯瞰できるような気がする。

 

 

 

もう一度中学校のHRを思い出してほしい。

 

その時あなたはどのような立場で何をしていただろうか。

 

 

そして今、あなたは日本という一教室のどこに座って、何をしているだろうか。

 

HRを円滑に進めるためにあなたは何ができるだろうか。

 

 

まだもう少しHRは長引きそうだ。